うまくいかない

斉藤はヨウコと名付けたメスの猫を飼っている。今年のゴールデンウィークに引き取り手を探していた親戚からさずかった猫だった。やや忙しいバイト生活に明け暮れる斉藤にとっては行き場のない寂しさを紛らす唯一の救いである。ヨウコという人間の女のようなその名前の由来は、去年の夏の終わりから春にかけて半年ほど付き合って別れた元カノの名前からとったものだ。だからといってその猫をそのヒトの代わりにしているのかといえば別にそういうわけでもなく、ただ単に名付けるための名前におけるボキャブラリーが貧しかっただけである。しかしひとたびこのヨウコという名前が友人にバレてしまえば誤解を招くことは必至であり、免れることなく「キモい」とか「未練タラタラ」とかなんとか納得のいかない不名誉なレッテルをベタベタに貼り付けられ、気持ちの悪い男という印象を振りまいてしまうことになるので猫の名前を秘密にしている。けれどもやはり猫は可愛く、その可愛さのあまり写真に撮っては自慢をしたいと何度も思っていたが、その度に「いけない」と考え直しこらえてきた。そのような秘匿の生活を長らく送っていたが、もうどうにも止められず、つい名前を口走ってしまいそうだったため友人たち、あるいはバイト仲間の前で呼ぶための仮の名前を考えることにした。そもそも名前が思いつかないからといって当時身近であった元彼女の名前を付けてしまうような男がそんなすぐに新しい名前を思いつくことが出来るはずもなく本末転倒のような状況に陥っていたが、斉藤は頑なにマイルールを大事にする男だったので「元カノの名前を転用して名付けた飼い猫の名前をバレないようにすること」さえ守ることができれば、本来斉藤にとっては難題なはずの名付けも難題には変わりないが些細なことと化していた。しかしその難題もとうとう解決する日が訪れた。三日三晩悩んでも一向に思いつく様子が見られず、その打開策として他の何かから名前を拝借するということを思いついたのだ。斉藤はバカだったのでそんなことも今まで思いつかなかった。思いついてしまえばすっかりこちらのものであり、難題ももはや過去のこととなり、あとはそれに適するような何かを見つけ出せば良いだけである。そういうわけで斉藤はバイト先であるコンビニで見つけた駄菓子から名前を拝借し、他人の前ではヨウコをよっちゃんと呼ぶことにした。