反芻⑴

不明瞭な森の中を、僕は早足で突っ切っていた。早くここから出ていきたかった。なぜ自分がここにいるのか、全くわからなかった。どうしてこうなったんだろう。そんな疑念が止めどなくわきあがった。頭のなかに浮かんでは消えてゆく。気がついたらここに居た。日が射すこともなく、あたり一面が濃い霧に包まれている。その灰色を突き刺すように、数多の白樺がそびえ立っていた。ペンキで塗ったような白い木々に囲まれていると、嫌でも不安になる。いずれの木も全て落葉していた。湿った地面には枯れ葉が敷き詰められていた。全く落ち着かなかった。脊髄からじわじわと僕を侵食する奇妙な焦燥感だけが、確かなものだった。抜け出したい一心でひたすら足を進めるが、一向に出口は見当たらなかった。途切れる気配さえない。うんざりした気分を振り払うべく、がむしゃらに前だけを向いていたせいか、僕は躓いてしまった。足下の切り株に気がつかなかった。地面は冷たかった。火照った額を冷やすのにもってこいだ。土臭い臭いを嗅ぎながら、冷えた地面を堪能した。もういっそのこと、このままで良いんじゃないかという気分になってくる。一気に、前へ進もうという意欲が消えてしまった。心も一緒に挫けてしまったのだろうか。僕は立ち上がろうとさえしなかった。もうどうにでもなれ。少しだけ痛む足を気にしながら、仰向けに寝転んだ。空気か澄んでいた。ぶ厚い雲の隙間から幾つかの光の筋が僕を導いている。チカチカと目映い日差しも仄かなベールを纏って、柔らかな色を帯びている。僕を囲むようにして並び立つ白樺の木も、さっきとは打って変わって奇妙な安心感を与えてくれる。母なる大地。僕はこの妙な空間にある種の母性を感じていた。母の暖かな愛情のようなものを、自然は僕に施してくれている。このまま眠ってしまおう。そう思って目を伏せた――けれど、誰かが僕の頬を優しく叩いた。「大丈夫ですか ?」誰だ。突然のことで頭が働かない。慌てて体を起こした。「誰 ?」起き上がったのと、ほとんど同時に尋ねた。目の前に居たのは小さな女の子だった。「あ……」少女は戸惑いを隠せない。それにしても、知らない子だ。髪を三つ編みに結わえた彼女は、病的なまでに肌の色が白かった。彼女の身に着けている黒いワンピースが、より青白さを際立だせていた。「あの…… 」彼女は困惑した声色で僕に再度声をかける。そりゃそうだ。幼い女の子とはいえ、じろじろ見てちゃ失礼だ。「あ、ごめんよ」慌てて謝った。「いや、いいんです。けど、あの、どうしたんですか ?」「……ちょっと木に引っ掛かっちゃって。転んだんだ」「なるほど。良かった。もしかしてもう死んでるんじゃないかと思って……」女の子は恥ずかしそうに笑った。あどけない笑顔を見て、なんだか泣きそうになる。泣いてはいけない。顔をしかめると、また彼女は困った顔になった。「あ、どっか怪我が、痛みますか ?」「いや、違うよ。違うんだけど……」「けど ?」「ちょっとお腹がすいてしまって」咄嗟に嘘をついて誤魔化した。すると、彼女は手元のかごをちょっと持ち上げて微笑んだ。「よかったら、うちに来ませんか ?パンを買ったんです。スープもご馳走しますよ」彼女は蔓で編んだかごを手に下げていた。願ってもないことだった。長い時間歩き続けた僕は、少しだけ腹が減っていた。女の子の案内を受けながら森の奥へと一本道を進んで行った。