フラッシュ

幻覚を見たことがあるんです。もしかしたら、幻覚を経験したことがあると言わないと怒られるかもしれません。幻聴じゃなくて幻視でした。どうして幻覚っていうのは、こう、ピンポイントで的確に恐怖心を煽るんでしょう。小学生のときのことです。僕は運動より本を読むことが好きで、暗い内向的な子供でした。昼休みはサッカーとかバスケとかには混じらないで、いつも図書館へ通っていました。それで、「ぼくは王さま」っていう児童書があって。そのシリーズをよく読みました。理由は覚えてないです。多分、たまたま手に取りやすい所に置いてあったとか、そんなもんじゃないですか。内容は、内容は、何か変な話が多かった気がする。多いというか、ホント、大体全部そんな話ばかりだった気がする。マーブルチョコが筒から無限に出てくる話とか、そんな感じのつかみ所の無い話です。多分。で、その「王さまシリーズ」のなかに「王さまときえたゆびわ」っていう話があって。主人公が王さまなんですけど、王さまが何者かに騙されて、何故か指環を盗んだと疑われてしまう。とか、そんな話だった気が。その頃の僕には、無実の罪を着せられることがよっぽど恐ろしいことだったんですかね。確か小学二年生の頃でした。クラスでインフルエンザがかなり流行っていて、まんまと、僕もウイルスにやられてしまったみたいで。朝から体調の悪かったんで、そんとき初めて学校を早退したんですよ。皆勤賞が貰えなくなっちゃって。それで、僕のために仕事を早めに切り上げた父が迎えにきて。ドラッグストアーで買ったスポーツドリンクやパックのゼリー飲料なんかを沢山枕元に配置して。熱を測ったら三十九度六分あって。いや、相当ビックリしました。親父もエッって。さすがにここまでの熱は無かったですから、今まで。言われるがままに解熱剤を飲みましたよ。もう起きてられないんで、敷いてあった布団にさっさと横になりました。昼間から夕方にかけて頭痛が酷くて、もう頭は朦朧とするわ、熱っぽいわで散々でした。ただただ痛みに耐えてました。でも薬を飲んで痛みが引くと思いきや、ちっとも楽にならんくて。いや、何でっていう。すごい、眠気だけやたら酷くて、いつの間にか眠ってました。次、目が覚めたときにはもうすっかり夜でした。真っ暗でした。僕以外の皆は一階の居間で夕飯を食べていて、僕は、今日はもうご飯を食べる元気がないって言って二階の寝室で横になってました。目を覚ましたらどんどん体温が上がっていくような気がして。布団を這い出ました。熱くてどうにかしたいんだけど、どうしようもないんで、こう、膝を抱えて壁にもたれ込んでました。そしたら、階段から僕を撮影しようとする記者がどやどやと登り混んで来たんです。夢なんかじゃない、現実でした。居たんです。僕はフラッシュを浴びていました。僕は疑われていて、僕は指環を盗んだ罪を犯したと疑われていました。いや、実際、僕は指環を盗んでないし。疑われてもないんです。疑われたのは王さまだし。僕は王さまじゃないですし。王さまは本の中のことですから。まして記者軍団がフラッシュを炊きながら僕の寝床を襲うなんてことは有り得ないんですよね。でも、本当に不思議なくらい臨場感に満ちていました。熱量というか、存在感がありました。あったんです。そのとき、僕は本当に追い詰められていました。体育座りで小さく縮こまって、顔を膝にうずめて身を守った。フラッシュを払い除けたい一心で、必死になって影を振り払ってました。「違う、違う」とうわ言のように繰り返し言い訳をしてました。実際はうわ言だけど。そっからは覚えていないです。意識を取り戻したときは汗だくでした。肩には薄い毛布がかけられていて、布団が二つに増えていて。そこに父が寝てました。父を父だと確認するため、丸まった背中を叩くと父は起き上がりました。後になって、あのことはインフルエンザ脳症による幻覚だったんだと知りました。ただ、ネット検索したところかかるのは殆どが幼児だと書いてあって。じゃあ、僕のはレアなんですか。今のところ、後遺症とかは何もありません。多分。でも、「王さま」が僕の中で、もう恐怖の象徴みたいになってしまいました。あの日からずっと「王さま」が怖かった。今でも、読もうとは思いません。