受容と恒久

彼女は、自分は赤面症なんだという。僕は驚きはしなかった。以前から、おそらくそうだろうと思っていた。彼女はいつも顔を赤くしている。周りの人間に指摘されると、照れを装い笑顔を模るのだ。彼女は人を見るのが、人に見られるのが怖いのだろうか。視線を恐れているのだろうか。僕もだよ。僕も怖い。視線が僕に刺さるんだよ。君が感じている恐怖と僕が感じている恐怖は同じものなんだろうか。彼女は恐怖している。怯えている。囚われている。顔が赤くなることで、人から無遠慮な視線を向けられることを恐れている。みんな関心のおもむくままに、不躾な視線を向けるだろう。目線で何らかの意図を仄めかしている。彼女もそれを極度に恐れているはず。顔が赤くなる。変に思われるかも。見られた。どうしよう。自意識が過剰になる。顔が火照って、冷汗を滲ませる。君はくりかえし自分を責めている。打ち消しても打ち消しても、同じ考えが何度も生まれる。僕は彼女のことを分かっている。理解してあげられる。そう思いたい。これまでもそうだった。僕は僕の周りの人間が嫌いだ。理解できなかったからだ……。でも、本当は分からないから、嫌いなんだ……多分。嫌いだから分からないんじゃないんだ。僕は君の中に、僕との共通点を見いだして、それを守ろうとする。好きだから分かるんじゃなくて分かるから、好きなのか。君の中に僕の片鱗を見出して、好きになる。まるで、自己愛のようだ。だけど違う。断じて違う。違っているに違いない。でも、思えば思うほど現実とかけ離れていく。かけ離れた君が僕のなかで出来上がっていく。それでも、どうか許してくれ。でも、むしろ距離は離れていくんだ。実体の君と僕の中の君とが分裂してしまう。もはや別物だ。僕の中の理想と願望とでべたべたに手垢がついた粘着質なものだ。それなのにぐらぐらと揺り動かされる不安定で頼りないものだ。揺るぎない強いものなんかじゃないんだ。君が僕に対して少しでも拒絶の姿勢を取るだけでそれはあっというまに好意から執着へと姿を変えるだろう。妄執だ。僕の中の君は、君という名前のハリボテだ。中身は空っぽの見かけ倒し。独善的な情欲とで固めて、それに固執している。そこに純粋な気持ちなんかなくて、ただの強烈な自己愛と過剰な自意識とが癒着したものでしかないのかな。僕は誰のために何をすればいいんだろうか。考えても仕方のないことを考える。これを止めることが出来たら、僕は君のことを真っ直ぐ直視出来るのかもしれない。これほど無駄な事はない。ナンセンスだ。理由を探しているんだ僕は。だから、でも僕自身がそれを否定するんだ。もしも、もし君が受け入れてくれたら、僕の「現実」が現実になるんだ。きっと幸せだ。僕は幸せだ。幻想なんかじゃない、客観的な現実になるんだ。拒絶なんかいらないな。僕を否定するな。……電車が来た。満杯の電車だ。僕をここではないどこかへ連れていってくれ。これは僕をゆうかいした先へ連れていく電車なのだ。そうなのだ。開く扉から黄色い光が少しずつ漏れ出す。生暖かく気持ち悪い空気が僕を包んでいた。吐き気がする……。息を吸い直したくなった。くすんだ灰色の宙を見上げる。人の吐く息が、風の流れに巻き込まれて揺らいでいる。他人の呼吸がため息に聞こえてくる。地下鉄のホームは湿った空気が充満していた。電光板には蜘蛛の巣が張られていた。羽虫の死骸だけがこびりついている。時刻表のライトが点滅していた。黒いスーツの群れがひしめいている。そのなかに僕は内包されている。慣れないスーツの僕。本当に、息が詰まりそうだ。誰かの背中に押されながら何とか吊り輪を掴んだ。目の前の座席の若い女が僕を見た。ガラケーをいじっているハゲた中年の男も、僕を一瞥する。見ないでください。目線の行き場を無くして、とっさに指先をみる。赤く乾燥した指先が寒々しい。スーツの袖口をつまむと、どこかで引っ掻けてしまったのか、小さなボタンが二つついていたはずなのにひとつが無くなっていた。