迷妄

今年に入ってから益々視力が落ちた。夕方になると、車のヘッドライトが放射状になって僕の視界を妨げる。完全に日が落ちると今度はぼやけて光は靄のように見える。昼間だって数メートル離れた先にいる人の顔なんかも目視できないくらいだ。僕は目が悪い。悪いにもかかわらず、眼鏡をかけていない。コンタクトをしているわけでもない。人がそれを知ると必ず「危険じゃないか」とかなんとか言って僕を咎める。でも、それは僕自身も重々承知している。なぜ眼鏡をかけないのか。それは他人の目を見ないようにするためだ。他人からの悪意の視線に気づかないようにするためといったほうが正確かもしれない。僕は眼鏡をかけないんじゃなくてかけられないんです。僕は人に見られることを恐れている。人の視線が僕に向いているのがとてつもなく怖いんだよ。道ゆく見知らぬ他人が、僕を非難の目で見るんだよ。具体的になにかをされたというわけでも、睨まれたというわけでもない。ただ一瞥されるだけで、視線に含まれた意味を、好奇の視線を注がれていると、僕は分かってしまうのだ。それは容姿のせいなのか、それとも挙動のせいなのか、もしくはその両方か。何にしても人からすれば僕は何かしら変で奇妙なんだろう。一度、このことを親や友人に相談したことがあるが、案の定考えすぎだといって軽くあしらわれてしまった。僕は自意識過剰なんだそうだ。まあ、客観的に見てもそれはそうだろうとは思う。僕の自意識、自分に自信が持てないという僕の意識が知覚を歪めている。だから外界を正しく認知できないのだ。もう理屈では散々理解した。分かってる。分かってるのに何で僕はまだ苦しいんだ。苦しいということは、僕はまだ理解出来ていないという確たる証拠だ。だからそれは「理解」ではなく、ただの「知識」だ。知っているということでしかないんだよ。それも分かってるよ。分かっちゃいるけどさ。僕が僕自身をいじめてるようなもんだ。自分で、自分一人で勝手に苦しんで、一人相撲をとっているだけなんだ。周りが僕に冷たい視線を浴びせようが、僕なんかに目もくれずに全くの無関心であろうが、どちらにせよ僕が苦しいことに変わりはないんだ。もはや周囲なんか関係なくて、僕自身を矯正すれば済む話なのだ。この悩みは全くの虚像であり、実体はない。本当は無い。そこにないものに囚われつづけている。僕っていったいなんだ。無いものに執着して一体どうしたいんだ。訳が分からない。もう理屈だけではどうしようもないところまで来てしまった。軌道を修正できそうにありません。拭っても拭いきれない強迫的な考えが、四六時中僕の頭を支配しているんです。頭にこびりついて離れない、固着しているこの強固な考えを誰か削り取って、取り払ってくれ。