揺さぶり

「何かここに絵でも描いといてよ」濃いピンクの画用紙に書いたちゃちな料金表の空きスペースを指さし、黒のサインペンを手渡した。横目で覗き見ると、ミハルは年の割には少し幼い、ちょうど女子小学生が描くようなアンバランスなうさぎやハートをためらいな…

無題

汗の香りがプンプンとのぼり立つような完熟体を目前にして、ぎょろついた視線を余すところなく泳がした。ねめつけるような視線がいたく扇情的でぼくは全身の性感帯をねぶられているような気分になった。そんな目をしていても怯えて、ぼくが一発殴ってしまえ…

あいの似姿(仮)

起きぬけでよどんだ頭は、部屋着に残る体温だけを感じている。冬場の台所は冷たい。このまま淋しさが敷き詰められているような空しい空間に取り込まれていても仕方なかった。喉が渇いたので水を飲む。水垢のこびりついたシンクにダバダバと流れ落ちる流水が…

うまくいかない

斉藤はヨウコと名付けたメスの猫を飼っている。今年のゴールデンウィークに引き取り手を探していた親戚からさずかった猫だった。やや忙しいバイト生活に明け暮れる斉藤にとっては行き場のない寂しさを紛らす唯一の救いである。ヨウコという人間の女のような…

夢の猥雑

6/4固まる感覚の無くなった手を必死になって揉みしだいた。現実味を帯びた生々しい夢から覚めきれないでいる。指先をきゅっと小さく折り曲げた。肉薄するリアリティに怯えながら、それでも何とか自分を鼓舞しようと、いつものようなルーチンワークをよどみな…

せき止められない

僕が居たのは、ワンルームの狭いアパートだった。そうだった。小さなテーブルの上には昨晩の食べくさしがまだ残っている。頭の中もまだ夢の続きを引きずっていた。未だにはっきりと目が覚めなかった。枕元の目覚まし時計は三時を指している。僕は十時間も眠…

プールサイドフロー

平日だから、少しは人も減っているだろうと思っていたが、相変わらずカップルや家族連れで満員だった。最近雨続きで、ろくに外出出来なかったその反動かもしれない。今日は久しぶりに良い天気だ。良いプール日和だ。ウォータースライダーの前には行列が出来…

今夜はトンカツ

溶き卵が、小麦粉をまぶした厚い豚肉の両面に行き渡った。手早くパン粉をまとわりつかせ、熱い油の中へゆっくり落とす。ジュワッと気泡がわきあがった。鉄鍋から油が跳ねている。パチパチと音を立てながら、きつね色の衣に包まれていく。白い大皿の上に敷か…

渦の中

幸いにも、入り組んだ路地の向こうにあったのは中華料理店だった。ただ、時間が悪かった。店内は結構混雑している。だけど、奥の方に一つだけ席が空いているようだ。ウエイターが雑にメニューと水二つを置いていった。場所が場所なのでそれが当たり前なのか…

落下傘

雨は全く止む様子がない。前髪からポタポタとしずくがしたたり落ちていた。この道は、濁った水溜りで埋め尽くされた粘度の高い湿地帯だ。立ち止まって靴底を見ると、模様に赤土がきゅうきゅうに詰まっていた。思わず鳥肌が立つ。はじめは水溜りを避けようと…

反芻⑴

不明瞭な森の中を、僕は早足で突っ切っていた。早くここから出ていきたかった。なぜ自分がここにいるのか、全くわからなかった。どうしてこうなったんだろう。そんな疑念が止めどなくわきあがった。頭のなかに浮かんでは消えてゆく。気がついたらここに居た…

反芻⑵

こんな森の中に一人でいるなんて、危ないんじゃないか。そう思い少女に尋ねると、なんと家には彼女一人だという。驚きを隠せず、反射的に歳を聞くと、九歳だと言う。呆気にとられた。まだ小学生じゃないか。まあ、家庭の事情は人それぞれだから口出しは余計…

フラッシュ

幻覚を見たことがあるんです。もしかしたら、幻覚を経験したことがあると言わないと怒られるかもしれません。幻聴じゃなくて幻視でした。どうして幻覚っていうのは、こう、ピンポイントで的確に恐怖心を煽るんでしょう。小学生のときのことです。僕は運動よ…

紙・風船(仮)

昔のことを思い出した。いつかの夏休み、従姉妹のカナちゃんと僕と父とでどこかの神社へお参りに行った。車から降りて駐車場の壁面の上を見上げると、大きな朱色の鳥居が連なっていた。僕たちは傾度のキツい坂を少しずつ上っていった。道の左側には個人経営…

受容と恒久

彼女は、自分は赤面症なんだという。僕は驚きはしなかった。以前から、おそらくそうだろうと思っていた。彼女はいつも顔を赤くしている。周りの人間に指摘されると、照れを装い笑顔を模るのだ。彼女は人を見るのが、人に見られるのが怖いのだろうか。視線を…

サテライター

どうしてだか分からない。朝、起きると背中が濡れていた。寝汗だろうか。冷たい。気持ち悪いから着替えよう。体を起こすと、床には見覚えのない紙がまんべんなく散らばっていた。何が書いてあるのかよく見えない。とりあえず踏んで滑らないように慎重に立ち…

それはそうなんだけど

実家へ帰る。九月末に終わった夏休みから大体三ヶ月くらいが経っていた。この壁の薄いアパートから約一週間離脱、抜け出せるのだ。ここから僕の地元へ行くには時間もお金も結構かかる。乗り継ぎもある。僕は田舎者なのでJRの電車を汽車と呼ぶのだが、汽車の…

迷妄

今年に入ってから益々視力が落ちた。夕方になると、車のヘッドライトが放射状になって僕の視界を妨げる。完全に日が落ちると今度はぼやけて光は靄のように見える。昼間だって数メートル離れた先にいる人の顔なんかも目視できないくらいだ。僕は目が悪い。悪…

どうにも眠れない

不眠の解消方法の一つとして「眠らなければならない」という気持ちをなくすというようなことがよく挙げられる。しかしそんなことを言われても、ひとたび意識してしまえばその考えを打ち消すことは非常に困難な事であり、意識していること自体を意識すること…