夢の猥雑

6/4固まる

感覚の無くなった手を必死になって揉みしだいた。現実味を帯びた生々しい夢から覚めきれないでいる。指先をきゅっと小さく折り曲げた。肉薄するリアリティに怯えながら、それでも何とか自分を鼓舞しようと、いつものようなルーチンワークをよどみなくこなしていった。

5/21溺れる

気がつくととろみのある液体の海に沈んでいた。その液はほのかに熱を帯びていて、そのうち体の中まで浸水し、このまま皮膚や臓器が溶け出して消えてしまうのではないかという恐怖を抱いた。今すぐにでもそこから這い出たいと思ったものの、重たいぬめりに足を取られて抜け出せない。しばらくもがいているうちに、何とか顔だけは外に出すことが出来た。首を振って、纏わりついた粘液を飛び散らした。片栗粉を溶かしたみたいだと思いながら、ひとつかみ掬い上げて手を開くと、その液体は指の股からとろりと滑り落ちた。何の臭いもしなかった。初めから分かっていたような胸騒ぎと奇妙な安寧の訪れを何のためらいもなく受け入れて、立ち並ぶビルの上から西日を眺めている。感傷的な淡い光源に包まれながら、ただ浮上と下降の波にたゆたうのは紛れもなく自分だけだと分かった。

せき止められない

僕が居たのは、ワンルームの狭いアパートだった。そうだった。小さなテーブルの上には昨晩の食べくさしがまだ残っている。頭の中もまだ夢の続きを引きずっていた。未だにはっきりと目が覚めなかった。枕元の目覚まし時計は三時を指している。僕は十時間も眠っていた。空腹を満たすためだけに、布団を剥いで起き上がった。生臭い万年床からゆっくりと這いでて、冷めたカップ麺を少しだけすすった。朝から意味もなく泣いている。リアリティのない感覚にうろたえることさえ、もうすることはないだろう。鼻をかもうと、窓際に置いた日に焼けたティッシュを取った。逆に埃が舞って、くしゃみが出た。先週のはじめに買ったはずの、二リットルのポカリスエットはいつの間にか飲み干していた。蓋のないペットボトルはすっかり干からびていた。部屋に散乱している空のプラスチック容器を掻き集めた。数は数えなかった。このまま床に溶け出してしまいそうなほど体が重かった。僕はまた、買いに行かなければならない。

日がカーテンの隙間から差し込んでいた。次第にピントが外れていくまぶたの重みが気持ち良かった。スローモーションのように、視界がふやけていった。ラジオから何かが流れている。まだ幼い僕は、日陰で干したばかりで良い加減の冷たい羽毛布団に埋まっていた。僕は何を考えるわけでもなく、ただ揺れるピンク色のカーテンと白のレースだけを見ていた。玄関の鍵を開ける音がした。次に聞こえたのは、母の声だった。僕は起き上がって、母を迎えに出た。いまいちセンスのない花柄のテーブルクロスが掛けられた、木製の長机。黄色いスイセンの入った花瓶。僕が見ていたのは日当たりの良いしみったれた台所の夢だった。不埒な僕は、ただ楽になりたかっただけだった。

 

 

 

 

駄洒落

・塞き止められない

・咳止められない

・やめられない

プールサイドフロー

平日だから、少しは人も減っているだろうと思っていたが、相変わらずカップルや家族連れで満員だった。最近雨続きで、ろくに外出出来なかったその反動かもしれない。今日は久しぶりに良い天気だ。良いプール日和だ。ウォータースライダーの前には行列が出来ているので、しばらく流れるプールに浮かんでいようと思う。ハイビスカス模様のピンクの浮き輪を借りた。濡れた階段を滑らないように降りる。何年かぶりに浸かったプールの水はとてもぬるかった。程よい抵抗を感じながら水の中を歩く。少しはカロリー消費されないかな。目の前の小学生だろう男の子が、ビート板の上に乗ろうとしている。三枚重ねのビート板の浮力はかなりのもんだろう。当然乗れるわけもなく、ビート板は吹き飛んだ。そのうちの一枚が私の腹にぶつかった。ビート板がボヨンと反発した。今思えば、十代の頃はどれだけ食べても太らなかった。飛んできたビート板を渡してやる。「あざっス……」日に焼けた少年は無愛想にお礼の言葉を言って受け取った。人が放つ微弱な波形に身を委ねている。このままいつまでも流れるプールの波に流されていたい。私は何を考えるわけでもなく、ただ浮かんでいた。何周もしていると、私と同じように流れるプールで浮遊しているだけの人々を見かけるようになった。とくにイルカのフロートにまたがった茶髪の女の子なんか、顔も覚えてしまった。彼女の方も私のことを覚えてしまったのか、すれ違いざまに目が合ってしまった。彼女はニヤッと笑って、小さく頭を下げた。接点もなく、全くの他人な上に話したことすらないが、ぷかぷかと繰り返し漂っている仲間の一人だ。まだこのままでいい。お腹が減ったら、売店でホットドッグを買って帰ろう。

今夜はトンカツ

溶き卵が、小麦粉をまぶした厚い豚肉の両面に行き渡った。手早くパン粉をまとわりつかせ、熱い油の中へゆっくり落とす。ジュワッと気泡がわきあがった。鉄鍋から油が跳ねている。パチパチと音を立てながら、きつね色の衣に包まれていく。白い大皿の上に敷かれたクッキングペーパーの上に、熱いトンカツを重ならないようにして置く。換気扇と、ガス周りを照らすオレンジ色の明かりを切る。熱が冷めたら、皿に千切りしておいたキャベツとプチトマトを盛りつける。一切れずつに切り分けたトンカツを最後に並べる。炊飯器を開けると、フワフワと淡い湯気が吹き出した。白い茶碗に炊きたての白飯を盛り付ける。湯のみに冷たい麦茶を注ぐ。とりあえず何もつけずに一口食べる。サクサクと心地良い歯ごたえとともに、熱くジューシーな肉汁が口の中に広がる。市販のトンカツソースをカツ全体にかけてもう一口食べる。ソースが染み込んだトンカツはやっぱり格段に美味い。さらにもう一口食べたところで、白飯を一口食べる。うまい。冷えた麦茶を喉を鳴らして飲んだ。




……

違うなと思うたびに書き直してはいるのだが本当にこれで合ってるのだろうか。不安だ。

渦の中

幸いにも、入り組んだ路地の向こうにあったのは中華料理店だった。ただ、時間が悪かった。店内は結構混雑している。だけど、奥の方に一つだけ席が空いているようだ。ウエイターが雑にメニューと水二つを置いていった。場所が場所なのでそれが当たり前なのかもしれないが、いかにも中華だと言わんばかりの赤い提灯が大量に吊るされている。内装事情は一周回っているのか、天井に巡らされている配管はむき出しだ。店内は、広さの割にはあまり天井が高くない。そのせいか、大きく開いた厨房の方から流れてきた湯気が天井に充満している。やっぱり、大量の提灯がちょっと目障りだ。独特な、しみったれた閉塞感……。ある意味、夢みたいだ。取り敢えずラミネート加工されたメニュー表を手に取って、テキトーに取り分けられるものをいくつか注文する。格安なので多く頼んでも高くつかないだろう。僕が頼んだ大皿料理が次々と運ばれてくるのにも関わらず、この女は手をつける素振りさえ見せない。それどころか、何も喋らない。さっきから携帯電話ばかりかまっている。いつまでこうしているつもりなのだろうか。僕ばかりが、一方的に言葉を浴びせている。 


駄洒落

渦の中→渦中→中華