道行き

横目に見た白い息は風に流されてしまった。私は両手に嵌めた防水仕様のナイロングローブをさすりながら玄関のアルミスコップを拾った。くたびれたモッズコートのフードを被り、使い捨てマスクをビニールから取り出す。上を見上げると、雲の隙間から光の筋が差し込んではいたが、太陽そのものは見えなかった。鈍色のくもり空のもとで少し鼻をすすりながらザラメ雪を掻き進んでいる。私は車の前の邪魔な雪をどかさなければならなかった。しばらくして冷えた車内に乗り込むが、フロントガラスが曇っていてまったく前が見えなかった。はり付いている霜をとり除くためにデフロスタのスイッチを押した。腿の裏まで冷たいので後部座席のクッションを引っ張ってきて敷いた。そこでようやく私はショルダーバッグのポケットに突っ込んだ携帯電話を取り出した。携帯は薄いハンカチに包まれている。垂れ下がるビーズのストラップは若干変色していて、金具は千切れてもそうおかしくはなかった。座席を倒し、仰向けに寝転んで暗証番号……を打ち込んだ。

今思えば、これがそうだったのかもしれないと思えるようなものがいくらでもあって、でもそれはそう思うからそう感じるだけであって本当はそうではないのかもしれない。その最たるものがこの累積で、それしか手がかりがなくて私は益々深みにはまっていた。その内心なんていうようなどれほど考えても無意味なことを、分かってはいるのに考えるのを止められずに、私はその都度何かを思い出してはもしかしたらと過去の可能性とかいう不明瞭なものを浮かべている。あれは暑い日だった。私もあの日、家から水筒を持って来てはいたけど耐え切れずに自販機でいろはすを買ったんだった。それもすぐにぼたぼたと水滴が垂れて、ぬるくなってしまったのだ。あのとき私は擦れて白く傷の入ったプラスチックベンチに座って向こうを眺めていた。水色のサンルーフの光がコンクリートに映って、まばらな人影と青い雑草が生えていた。そのままひたいに浮いた汗をゆっくりとぬぐって私は立ち上がり……。とめどなく溢れてくる脚色された光景を手繰り寄せていると、さざめく歓声が聞こえてきた気がした。きっと致命的な決定打はなにも無かったのだと思う。なんとなく、じゃないが、もういいかほどの。最後に重たい腕でグローブボックスから私の携帯電話を引きずり出す。混濁した意識と、不気味にぐらついた体をハンドルに任せた。脂汗が体の奥底から搾り出されているような気がした。車内に充填する息苦しさを死ぬほど吸い込んだ。どうして彼女がそうなったのか、私には分からなかった。今少しだけ分かりそうな気がする。